母に捧げる…

今月5月は母の日がありました。

いつもなら、4月の母の誕生日も兼ねて実家に帰るのですが、今年は外出自粛のため帰っておらず、元々ろくに親孝行してないのが更に親孝行出来ておりません。

✳︎2019年お盆に実家に帰る途中の写真です

母は天然

私の母は、「犬」という字も真剣に「太」と書いてしまうし、

(実家のカレンダーに「太医者」と書いてあったので、これ何?と訊いたら、「犬の予防接種の日だよ」との事でした)

トトロに出て来るネコバスはネコババ。

エディオンはエイディン。

造語癖があるんですかね。

とにかく天然なんです。

そんな母ですが、かなり嫁姑問題に苦しんでいました。

今も終わってはいません。

自由が欲しい

私は、祖父母・父母・弟の6人家族で育ちました。

母は、よく祖母に怒られて泣いてました。

父はいつも機嫌が悪くて、ただただ顔色を伺う毎日でした。

「どうしてみんなお母さんをいじめるの?」

そう思ってた気がします。

娘の私は母の味方でした。

子供なので何も出来ないけど、ただ母が大好きでした。 

(過去形ですが今でも同じ気持ちです)

でも、私にも反抗期はあって、今度は私のせいで母を泣かせる事に…。

よく喧嘩しました。

自己主張ばかりして、私は本当に生意気だったと思います。

とにかく祖母に逆らってはいけないんだと気付いたのは、すぐでしたが…。

そのせいかは分かりませんが、私は結婚願望がなく、母のような人生は送りたくないと今でも思っています。

友人と数時間、外でお茶することも許されない、自由のない母のような生活なんて嫌だ。

昔、母の日に「何が欲しい?」と訊いたら、

母は「自由」と答えました。

でも私は父も好きなので、離婚して欲しくないと思ってました。

離婚して母が出て行く夢を見て泣きながら目を覚ました夜もありました。

母が出て行くなんて、考えられない。

でも、私ならこんな人生耐えられない。

どうして離婚しないの

どうしてこの家にお嫁に来たの?」

「どうして離婚しないの?離婚するなら私はお母さんに着いていくよ」

と話してみた事があります。

母の答えは、

「私はただお父さんを信じて着いてきただけなの」

「お父さんなしで行く場所なんてない」

そうはっきりと、天然な母が言うから尚更心に刺さったのかもしれないですが、

その言葉で私は、母は強い人なんだな、と思いました。

そして愛情深い人なんだなと思いました。

そんな風に思える相手と出会いたい、そう思いました。

私も、母からの愛情は充分に今でももらっています。

一緒に暮らしてたらうまく行かないかもしれないけど…

私は母を尊敬しています。

お母さん、いつもありがとう。

肺を患ってる母を思うと、新型コロナウイルスの治療が出来るようになるまでは、会いに行く勇気がないですが、必ずまだ会おうね!

これからも長生きしてください。

(いつまでも独身なのは、ごめんなさい)

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